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大阪高等裁判所 昭和56年(う)528号 判決 1981年8月14日

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人平山明彦、同山口伸六連名作成の控訴趣意書記載のとおりであり、これに対する答弁は、検察官川口清高作成の答弁書記載のとおりであるから、これらを引用する。

控訴趣意第一について

論旨は、原判決が、被告人の再喚問決定について本件委員会に明らかにその裁量権を逸脱したと認むべきものはないと判断したのは、理由に不備があり、かつ判決に影響を及ぼす事実の誤認がある、というのである。

よつて記録を調査するのに、本件行政事務調査特別委員会は、昭和五〇年七月三〇日開催の第二回枚方市議会臨時会において、当時枚方市土地開発公社(以下公社という)の実施した土地買収にからみ同市居住の暴力団福田組組長と市の行政との癒着が取沙汰されていたこともあつて、右公社の事務を調査するために設置され、地方自治法一〇〇条一項に定める選挙人その他の関係人の出頭及び証言並びに記録の提出を請求する権限を右委員会に委任する旨の決議がなされたことが明らかであるから、本件委員会は、枚方市議会から付託された前記事項に関する調査のために必要と認めるときは、その裁量により証人の出頭及び証言を求めることができるのである。

そこで、本件委員会が被告人を証人として再喚問する旨決定した経過を調査するのに、原判決の挙示する証拠によれば、被告人は、昭和三四年以来枚方市議会議員となり、昭和四九年五月から翌五〇年四月までの一年間同市議会議長に就任し、本件当時も同市議会議員であつたところ、公社のした土地買収の疑惑に関する地方紙の登載記事に被告人の氏名も挙げられていたことなどのため、本件委員会は、昭和五〇年九月一九日、被告人の証言を求めたところ、被告人は、同委員会において、福田組長が介入したと疑惑がもたれている同市甲斐田新町、須山町にまたがる西口英夫所有地の買収を公社に働きかけるなどした事実はない旨の証言をしたが、同じく本件委員会に証人として出頭した公社事務局長川崎祐市郎は、被告人から右土地買収の働きかけがなされた旨被告人と相反する証言をしたので、本件委員会は、前記土地買収に被告人が関与していたか否かの真相を究明するためには関係証人を再喚問する必要があるとして、昭和五一年七月一六日開催の委員会において、被告人を証人として再喚問する旨決定したことが認められるのであつて、右事実によると、本件委員会が、その設置の目的に照らし、枚方市議会議長の要職にあつた被告人が公社の土地買収に関与していたか否かを究明することは当然の職責であり、右の点について相反する証言が存在する以上、いずれが正当であるかを判断するため、被告人の再喚問を決定したのも、同市議会から付託された前記調査を遂行するため、その裁量の範囲内でなされた必要、適切な措置であつたというべきであつて、所論のいうような裁量権の濫用ないし逸脱があつたものとはとうてい認められない。また、所論によると、原判決の挙示する全証拠によつても、被告人の証言と他の証言との食い違い点の具体性が判明しないというのであるが、原判決の挙示する証人神谷正の供述を検討すると、同証人は、本件委員会の委員長として同委員会に出頭した証人の証言を求め、その証言内容を聴取し、前記認定のとおり被告人の証言内容が他の関係証人と食い違つていることを具体的に供述していることが認められ、右供述は、原審において取り調べた証人川崎祐市郎、同竹安昇の各証言及び「行政事務調査特別委員会要録集」(当庁昭和五六年押第一八二号の符号九)によつても十分裏付けられているほか、公社副理事長竹安昇も本件委員会において前記土地買収に被告人から働きかけがあつたことを供述していることが認められるのであつて、この点に関する所論も理由がないし、その余の所論にかんがみ記録を調査しても、原判決には所論の理由不備、事実誤認はなく、論旨は理由がない。

控訴趣意第二について

論旨は、原判決は送達に関する法律の解釈適用を誤り、事実を誤認した違法がある、というのである。

よつて案ずるに、地方自治法一〇〇条二項は、同条一項の規定により普通地方公共団体の議会(以下地方議会という)が、当該普通地方公共団体の事務に関する調査のため、選挙人その他の関係人の証言を請求する場合、同法に特別の定があるものを除くほか、民事訴訟に関する法令の規定中証人の訊問に関する規定(但し、過料、罰金、拘留又は勾引に関する規定を除く)を準用する旨規定し、民事訴訟法は、同法二七一条ないし三〇〇条において証人訊問に関する規定を設けているのであるから、地方議会が地方自治法の前記規定に基づく関係人の証言を請求する場合、民事訴訟法二七六条を準用し、同条所定の呼出状に準じた書面によりその者の出頭を求めなければならないと解せられるが、右書面の送達について、地方自治法には特別の定がないほか、民事訴訟法の定める送達に関する規定(同法一六〇条ないし一八一条)を準用する旨の明文を置いていないし、また、同法の定める送達実施機関は、執行官(同法一六二条一項)、郵便集配人(同条二項)及び裁判所書記官(同法一六三条)に限られ、執行官を用いることができないときは廷吏を用いることができるとされている(裁判所法六三条三項)ところ、執行官、裁判所書記官及び廷吏は、いずれも裁判所法の定める職務を行う裁判所の職員であつて、もとより普通地方公共団体にはこれに相当する職員が存しないことにかんがみると、地方議会が地方自治法の前記規定に基づく関係人の証言を請求するためその者の出頭を求める書面の送達については、民事訴訟法の送達に関する規定を準用することができないと解するのが相当である。しかしながら、地方自治法一三八条によれば、市町村の議会に条例の定めるところにより事務局を置くことができること、事務局に事務局長、書記その他の職員を置くこと、事務局長は議長の命を受け議会の事務を掌理し、書記その他の職員は上司の指揮を受け議会の庶務に従事することが定められているのであるから、前記書面のように議会の発する文書の送達に関する事務についても、事務局長又はその他の事務局職員が議長の命又は上司の指揮に基づきこれを担当すべく、その送達を実施するため右担当職員が送達を受けるべき者の住所又は居所において、その者に、直接又は同居者を通じ、当該文書を交付する方法をとることも何ら妨げないと解されるのであつて、所論のように右職員らが送達実施機関となることができないとするいわれは少しもない。

これを本件についてみるのに、原判決の挙示する各証拠によれば、本件委員会は、前記のとおり被告人の再喚問を決定し、後記認定のように、郵便により又は枚方市議会事務局職員を使用し、被告人に対する証人出頭請求書の送達を試みたが、被告人の不在又はこれを理由とする被告人の妻の受領拒絶に会い、いずれも失敗に終つたところ、昭和五一年八月二五日、同市議会事務局長石橋弘一、同事務局次長市村利平、同事務局議事課議事係長交久瀬泰行ら三名が、同年九月三日午前一〇時本件委員会に出頭すべき旨の被告人に対する証人出頭請求書を交付するため被告人の住所に赴いたが、被告人不在のため同居する被告人の長女ゆかり(当時一一歳一〇か月)に対し、被告人に渡してくれるよう依頼して右書面を手渡し、同女は母である被告人の妻尚子に対し同書面を石橋事務局長から預かつている旨告げて手渡し、同日夜帰宅した被告人は同女から右書面を受領したことが認められるのであつて、右認定の事実に徴すれば、被告人に対する前記証人出頭請求書の送達は適法になされたものということができる。所論のうち、前記枚方市議会事務局長石橋弘一ら職員に送達の職務権限はないとの主張が理由のないことは前期のとおりであり、また、枚方市職員を送達吏員又はこれに準ずるものとすることが郵便法の規定に違反するとの主張は、同法が郵便を国の独占事業とし、郵便の業務ないし他人の信書の送達を業とすること等を禁止しているのであつて、本件のように地方議会の職員がその属する議会の発する文書を送達することを禁止する趣旨でないことは多言を要せず、右主張は郵便法の規定を誤解したことに由来する独自の見解で採用の限りではなく、その余の事実誤認の主張は、前記の結論に影響を及ぼす事実に関するものとは認められないから、この点の判断を要しない。以上のとおり、本件証人出頭請求書が適法に送達されたとする原判決の判断は、その結論において正当であるから、論旨は結局理由がない。

控訴趣意第三について

所論は、原判決は、地方自治法一〇〇条三項にいう正当の理由についての解釈を誤り理由不備があるのみならず、被告人の病状について事実の誤認がある、というのである。

所論にかんがみ記録を調査するに、原判決の挙示する証拠によると、本件委員会は、昭和五一年七月一六日前記のように被告人の証人再喚問を決定するとともに、その期日を同月二二日と定め、被告人に対する証人出頭請求書を書留内容証明郵便で送付し、翌一七日同委員会副委員長渡部聡は、右証人喚問の旨を被告人に電話で連絡したが、これに対し被告人は「一方的に決められたら迷惑だ」と返答し、右郵便物も「受け取りません、入江内、七月二十日」と記載の符箋がついて返送され、被告人は前記期日に出頭しなかつたこと、同委員会は、同年七月二三日、被告人の証人喚問期日を同月三〇日と定め、前記石橋事務局長がその証人出頭請求書を被告人方に持参したが、妻尚子は被告人の不在を理由に右請求書の受領を拒否し、右期日の証人喚問が不能に終つたので、同月三〇日あらためて右喚問期日を同年八月九日と定め、同月四日前記の神谷委員長、市村事務局次長が証人出頭請求書を被告人方に持参したが、妻尚子により再度受領が拒否され、翌五日書留速達郵便で発送した証人出頭請求書も返送され、右期日の証人喚問も実施できなかつたこと、そこで枚方市議会議長山原富明は、同月一七日被告人を同議長室に招き、神谷委員長、石橋事務局長同席のもとに、被告人に対し「他の証人との食い違いが出てきたので、ぜひ証人に出てもらわねばならない」旨関係議事録を示しながら証人出頭方を説得したが、被告人は「何遍来てもいつしよや、できるだけ出ないようにしてくれ」と答えてこれに応じなかつたこと、その後同委員会は、同年八月二五日被告人の喚問期日を翌九月三日と定め、被告人は、八月二五日前記認定のように右証人出頭請求書を受領したが、同月二七日枚方市議会議長室に山原議長を訪れ、同議長、副議長小川芳雄らに対し「委員会に証人として出頭しなくてもよいようにしてほしい」「強引に日を決めて出頭せよとは納得できない」旨述べ、議長室に証人出頭請求書在中の封書を差し置いて退去し、翌二八日神谷委員長の電話による出頭要請に対しても「出ないようにしてほしい」と答え出頭に応ずる態度を示さなかつたこと、同年九月二日被告人は、前記交久瀬係長外一名を介して枚方市議会議長あてに、証人出頭要請の件については前回委員会で述べたとおりであり、委細は再三懇請しているとおりであるから善処方を切望する旨記載し、只今健康状態すぐれず自宅療養中である旨追記した書面を提出して同月三日の出頭に応じなかつたこと、被告人は同日午後六時三〇分ごろ、寝屋川市東香里園町所在の堤診療所分院で医師堤俊郎の診察を受け、翌四日妻尚子を介し山原議長に対し「肝炎の疑、慢性胃カタル、上記の病名に依り向ふ二週間安静を要す」と記載のある同医師作成の診断書を提出したこと、同月七日市村事務局次長、交久瀬係長が同医師に面接し被告人の病状を確かめたところ、同医師は、被告人が証人として出頭できないものではない旨説明し、検察官に対しても、右診察時の状況につき、被告人は二、三日前から食欲があまりなく、少し吐き気もするというので診察したが別に熱もなく、腹診の結果も異常は認められなかつた、その時の病状は市議会に証人として出頭し、一時間や二時間ぐらいなら証言するに差し支えるようなものではなかつた旨供述していること、更に被告人は、同月七日関西医科大学附属香里病院で医師西村甲子夫の診察を受け、同医師は病名を急性すい炎と診断しているが、それは中程度のものであつて証人として三〇分ないし一時間ぐらいの証言であれば可能である旨判断し、両医師の診断は、病名が異なるものの、いずれも被告人の病状が証人出頭に堪え難いものではない点において一致していること等の事実が認められ、この認定に反する証人入江尚子及び被告人の原審における各供述は他の関係各証拠と対比して信用できない。

以上認定した事実を総合して考察すると、被告人は、本件委員会が被告人の再喚問を決定した当初の段階から格別の理由もないのにその出頭請求に応じない態度を示していたことが明らかに看取できるのであつて、被告人が本件再喚問期日の夕刻医師の診察を受け診断書を提出する等しているのは、不出頭を正当化するため病気に名を借りた口実を作つたのに過ぎないものと認めざるを得ず、結局被告人はなんら正当な理由がないのに本件出頭要求に応じなかつたものといわなければならない。従つて、この点に関する原判決の認定、判断は正当であつて、原判決には所論指摘のような法律解釈の誤、理由不備、事実誤認はないから、論旨は理由がない。

よつて、刑訴法三九六条を適用して、主文のとおり判決する。

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